BAG MAKERS TOKYO

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CROSS POINT : BAG MAKERS TOKYO × nendo 「誇り」を可視化し、世界へ届ける。東京のものづくりが踏み出す新たな一歩

2026.01.30

対談

コラボレーションの背景とこれからの未来

かつて、東京・浅草橋周辺のバッグ産業は、大手ブランドの生産を支えることで成長を遂げてきました。しかし、時代が変わり、これまでのビジネスモデルが限界を迎える中で、産地はいま、大きな岐路に立たされています。
「言われたものを作る」場から、「自ら価値を創り出す」場へ。
職人の地位向上と世界に通用するブランド化を目指す〈BAG MAKERS TOKYO〉の山縣幸典と、nendoのマネージングディレクターとして数々のプロジェクトを率いてきた伊藤明裕さん。二人の対話から見えてきたのは、職人の技術力や挑戦心を解き放ち、日本らしいものづくりを再構築するための新しい道筋でした。

<プロフィール>
伊藤明裕 Akihiro Ito
nendo共同設立、取締役(COO)。2002年に佐藤オオキと共にnendoを創業。組織やプロジェクトのマネージメントを統括する。

山縣幸典 Kosuke Yamagata
東日本バッグ工業組合 事務局長。BAG MAKERS TOKYOの発起人として、プロジェクトをリードする。

ものづくりの「誇り」を取り戻す

—— 今回、BMTがnendoさんと組んでプロジェクトを始動させた背景には、どのような危機感があったのでしょうか。

山縣(BMT):正直に言うと、組合自体がどこへ向かいたいのか、ずっと不明確だったんです。これまで東京のバッグ工房はOEMが中心で、一社の仕事をしっかりやっていれば、それでよかった。むしろ他の仕事は受けられないくらいに一社からの仕事があったんです。

伊藤(nendo):いわゆる「専属」としての信頼関係が、ひとつの正解だった時代ですね。

山縣:そうです。でも、その一社からの注文がなくなった途端、路頭に迷って廃業してしまうケースをたくさん見てきました。依存していると、どうしても共倒れのリスクがある。自社ブランドに切り替えようとしても、自分たちで企画した経験がないし、売り方もわからない。分業が当たり前になりすぎていて、デザイナーを抱えることも難しいのが現状でした。

伊藤:私が以前イタリアのバッグ工場を訪れた際、驚いたことがあります。工場の中に各トップメゾンの企画室があり、職人とデザイナーが対等に議論していた。そこではパワーバランスがむしろ工場側にあり、職人の提案がデザインを牽引していたんです。

山縣: 日本にも素晴らしい技術の蓄積があるのに、それを活かしきれていないのではないかと思います。流行デザインのイメージ写真から似たようなものを作ってほしいというようなオーダーがあったり、ブランド側の知識が浅く構造的に成立しないデザインが上がってきたりと、ブランドと工場との分断によって、いいものづくりができなくなっている気がします。

伊藤:ブランドやデザイナーと職人が、一緒になって新しいものづくりに挑戦しようという文化が薄れてしまっているのでしょうか?

山縣: そうです。海外のトップメゾンに求められるような難しい仕事も、日本の技術なら本当はできるはずなんです。ただ、安心・安定を求めて似たり寄ったりのものを作るようになり、業界全体として職人さんの手仕事を高付加価値として還元できなくなってしまっているという側面もあると思います。

「無理」を越えた先に見えたもの

—— 実際にnendoさんとの対話を始めてみて、職人さんの反応はどうでしたか?

伊藤: まずは皆さんに「自分の技術が一番伝わりやすいパーツ」を持ってきてもらいました。でも、職人さんにとってはあまりに当たり前すぎて、最初はピンときていないというか、少し自信がなさそうな雰囲気も感じられました。

山縣:職人さんは本当に謙虚ですからね。「特別だとも思っていない」というか。引っ込み思案になってしまっているのは、勿体ないと感じていました。

伊藤:だからこそ、対話を重ねながら「技術力が一目で伝わるもの」を一緒に探っていきました。でも、普通のバッグの作り方では、技術の痕跡が裏側に隠れてしまいがちなのです。だから、あえてそれを魅せるデザインにするのはどうかと提案したんです。結果として、職人さんにとっては難しいお題になってしまいました。

山縣:今回は職人さんたちに「無理」というワードは封印しましょう、と最初にお願いしました(笑)。「難しいけれど、こうすればできる」という提案をしてほしい、と。最初から「普通はやらない」と言ってしまうと、普通のものしかできませんから。まずはnendoさんのリクエストを形にしてみて、バッグ業界の発想にないものを面白がってみよう、と呼びかけました。

伊藤:実際、皆さんの反応はどうでした? 意外と前向きでしたよね。

山縣: そうなんです。最初はやはり「こんな形は見たことがない」と難色を示していましたが、nendoのデザイナーの皆さんが「いいものづくりがしたい」という本気の思いでぶつかってきてくれたので、「どうにか実現してやろう」と職人魂に火がついたのだと思います。最終的には、「普段の仕事ではできないような新しい作り方や工夫が探求できて、とてもいい機会だった」と言ってくれました。

伊藤: 「いいものが作りたい」という思いは、職人もデザイナーも同じなんですよね。デザイン事務所としては、褒められて、しっかり売れるところまでいきたい。そして色々な人がそのバトンを継いで、ブランドとして世界へ広がっていくのが理想です。

山縣: 職人さんが「BMTのバッグ、俺が作っているんだ」と胸を張れるようなブランドにしていきたいですね。それがひとつの誇りになって、若い人が「職人を目指してみようかな」と思えるような、職業としての魅力を高めていきたい。高齢化が進む今、技術が途絶えていくのは本当に勿体ないことですから。

日本らしい価値を世界へ、そして次世代へ

—— このプロジェクトを、今後どのように広げていきたいですか。

伊藤: 世界の中で、ものづくりの両翼と言えば日本とイタリアだと僕は思っていますが、実は今、イタリアでも手仕事の現場が次々と姿を消しています。職人の技術継承はもはや世界共通の課題なんです。ただ、欧州には「付加価値としてのブランド」が確立されています。対して日本は、品質の高さで評価されつつも、独自の「ブランドの在り方」をまだ模索している段階なのかなと。

山縣: そうですね。ヨーロッパへの憧れを追うのではなく、自分たちができることを見つめ直し、世界に喜んでもらえる「日本らしいブランド」の形を探っていきたいです。これまでは、日本人が好むもの、国内で売れてきたものという枠に甘んじていたのかもしれません。

伊藤: 職人の皆さんも含めて、もっと世界を巡ってみるべきだと思いますよ。制作の現場だけでなく、異国の街を歩く人が何を持ち、何に価値を見出しているのか。その空気を肌で感じるインプットは、ものづくりにおいて何より大切です。

山縣: 本当にそう思います。「良い職人とは、誰よりも多くのものを見ている人間だ」と、あるベテラン職人さんも言っていました。「これ、どう作っているんだろう?」という好奇心が、自分の技の引き出しになっていく。実物を見ることでしか得られない発見を、チーム全体で共有していきたいですね。

伊藤: メイド・イン・ジャパンの価値には、日本人自身よりも海外の方のほうが先に気づき始めていますよね。いま、アジアや中東でも欧州ブランドとは異なる文脈で、それぞれの国の価値観に刺さる新しいプロダクトが支持を集めています。日本人は「謙虚さ」ゆえに、質のいいものを安く売ることで喜んでもらおうとしがちですが、その誠実さを強みに変えれば、世界を席巻するチャンスは十分にある。まずは東京に拠点を、そしていつかは世界の中心地に店を出せるといいですよね。職人さんたちにとっても、まだ見ぬ楽しい世界が待っているはずです。

山縣: 業界内の意識改革は、まだ始まったばかりです。「言われたことだけやっていれば、自分たちの代まではなんとかなる」という考えを捨て、この仕事をいかに次代へ繋ぐかを、関わる一人ひとりが日常的に考えていく。その大きなきっかけが、このBMTです。今回のプロジェクトをひとつの模範として、着実に行動へ変えていきたい。外部の視点を取り入れることで、職人さんたちが想像もしなかった新しい景色を見せていく。まずはそこを目標に、この土壌を耕し続けたいと思います。

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